2010年7月12日月曜日

苦しみは自分で勝手につくっているんだな・・・

昨日の、1000人イベントでのアンマ・バガヴァンの目によるディクシャを受けた後、とても幸福感を感じました。そのとき、ふいに、1週間前の元気セミナーのスカイプセミナーでのことを思い出しました。そのセミナーで、私に話をふられたときに、突然思い出して、ミスタードーナツの話をしました。そして「あの時は、苦しんでいたな・・・・」と1000人イベントのときに思いました。

ミスタードーナツの話とは、今から26年前にさかのぼります。当時20代の前半で、会社つとめも2年目くらいの新人のころです。私は臨床検査技師で、毎日、学校や会社などにバスや車で出張し集団検診で心電図をとったりしていました。そのときの体験談です。

会社に3歳年上の、Sさんという女性の先輩がいました。その先輩にある日、「明日、第4中学校にいくなら、通り道のミスタードーナツで、ポイントがたまっているから、弁当箱と交換してきてくれる?」このように、たのまれました。私は、数秒考えて、「いいですよ」と答えました。
そのときの、数秒間で葛藤し「先輩のたのみを断ると、まずいかもしれない」という結論をだしていましたが、「そんなポイントの交換、自分でいけば、いいのになーーー」というのが本心の気持ちでした。

次の日に、検診の帰りみち、デパートの中にはいっている、ミスタードーナツなので、駐車場に車をとめ、駐車料金300円くらいかかり、ミスタードーナツでは、景品にかえるだけでは、ちょっとはずかしいので、ドーナツ3個を買って300円かかりました。食べたくもないドーナツを買って、全部で600円の出費、私は、なんで、こんなことしなくちゃならないのだろう・・・そう思いつつも、会社にかえり、笑顔で先輩に弁当箱を渡しました。
「どうもありがとう」といわれたけど、なんか釈然としないまま、その思い出は私の無意識のなかに、「わがままな先輩 怒り」ということで、蓋をされ26年間眠っていました。

そのことを、スカイプセミナーのときに、26年ぶりに無意識のふたを開けて引っ張り出して、言葉で話し、意識レベルに引き上げました。そして、その思い出は、私が勝手に  
「わがままな先輩 怒り」、というストーリーをつくっていたと、気づきました。

7月7日の、1000人イベントのときに、そのことを、ふっと思い出しました。「あのころは、若かったけど、くるしかったな・・・・」
「今はとても、幸せだな」

今だったら、いやだと思えば、「明日は、ミスタードーナツのところは通りません」とか言って、うまく断る。そうすれば、怒りでも何でもないのに・・・・
それなのに、あのときは、「いいですよ」と、自分でOKを出しておいて、後で、「わがままな先輩 怒り」 ということで、ストーリーをつくり、レッテルをはり、26年間しまっていたんだなと、きづきました。

無意識は本当に勝手に怒りのストーリーをつくって、貯蔵している。また、自分が苦しいときには、苦しみをつくる方向に考えがはたらくんだなとも思いました。


いまなら、ハートにアンマ・バガヴァンがいて、幸せだから、同じ状況でも、純粋に先輩を喜ばせようと、喜んで小間使いをしたかもしれないな・・・・
つまりは、自分が幸福か、苦しんでいるかで、すべての、とらえ方が変わってくる。結局苦しみは自分で勝手につくっているんだな・・・
そんなふうに考えながら帰路につきました。

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