2010年9月30日木曜日

Tさんの気づき

9月のセミナー以来、母親から傷つけられたことをいろいろ思い出すことが
できるようになりましたが、今日、決定的なことを思い出しました。
どうして今までこのことを思い出すことができなかったのか不思議なくらいです。

今朝母親から電話があり、僕が風邪をひいていると知るや否や、医者へ行けとか、
ちゃんと食べろとか、いつも通りの展開になりました。
僕はすぐにでも電話を切りたかったので、とりあえず聞き流すつもりで
同じことを命令口調で繰り返し言うだけ言わせてあげました。

その後何回か電話がありましたが、出るのが面倒くさい、
というよりは不快になるので、放ったらかしにしました。

何故不快になるのかしばらく考えていると、
ちゃんと食べているのか、と聞かれ、ちゃんと食べていると答えているにも関わらず、
ちゃんと食べろ、と注意されることに、自分を認めてもらえないという絶望感
(大げさかもしれませんが不満というレベルではないです)を持っていることや、
小学生の頃は、母親のことが怖くて正直に何も話せなかったこと、
そして今も母親に対する恐怖を抱いていることに気づきました。

夕方、また母親からの電話に出ると、案の定またちゃんと食べているのか、
ということを聞いてくるので、
「何回も同じことを言わせるな、傷つくからやめてくれ」とハッキリ言いました。
母親は謝ってくれましたが、何故傷つくかはわからなかったようです。
僕の方は、電話を切った後とてもすっきりしていくのが感じられました。
そして、まだ言い足りないことがある感じがしました。

その時です。

「おまえと一緒にいるとうっとうしい」
と母親によく言われていたのを思い出しました。

20歳過ぎてからも言われていました。
「弟たちも同じように思っている」とも言われました。

僕が一人でいる方が楽チンと思っているのはこの所為かも知れません。
また元妻が子供に対して「邪魔」という言葉をよく使っていたのですが
この言葉に敏感に反応していたのもこの所為かも知れません。

今度はこのことを母親に対してハッキリ言おうと思います。
嫌みたっぷりに「うっとうしい、と言われて育てられた親にどうして感謝心が持てますか?」と。
そうすれば、「お前には感謝の気持がないのか」と傷つけられることもなくなるかもしれないので。(笑)

傷つけられたことを思い出すことは解放のプロセスの中でとても重要だと今更ながら思います。
僕の場合は、親を悪く言ってはいけないという心の裁判官がブロックになっていました。
傷つけられたことを思い出すことは、今の僕にとって不快なことではなく、僕の行動を制限している
プログラムに気づくチャンスのように感じられます。

こうして一皮ずつ剝けていくんですね。

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